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企業が再三にわたり労働基準監督署からの是正勧告を無視している、といった話やニュースは度々耳にする機会があります。
このようなことをしても問題はないのでしょうか?
労働基準監督署が行う是正勧告の意味や効果を改めて確認しておきましょう。

労働基準監督署と是正勧告

労働基準法の規制の実行を確保するため、厚生労働省所轄の監督機関として各都道府県に労働基準監督署が置かれています。
そこに配置された労働基準監督官は使用者を監督するため、臨検(労働基準監督官による行政指導のこと)や書類提出要求・尋問といった様々な権限を有しており、法令違反を発見したときには是正勧告を行うこともあります。

この是正勧告は行政指導の一種で、あくまで使用者による自発的な改善を促すためのものとなっているため法的強制力はありません
つまり、是正勧告を無視して是正を行わなかったとしても、それを理由に刑則を科せられたりすることはないということです。

ただし、是正勧告の無視を度重ねて行った場合は、労働基準監督署も事態を重く見て、刑事罰を科すために送検する(起訴を検討してもらうために検察官に事件を送る)といった対応に至る場合があります。
是正勧告を無視し続ける企業は送検や起訴のおそれは低いと予想しているのかもしれません。

(労働基準監督署については、こちらで詳しく解説しています。「労働基準監督署とは? 相談できることとは」)

使用者とは

では是正勧告の対象となる「使用者」とは誰のことを指すのかというと、労働基準法第10条には次のように規定されています。

この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう。

この文面ではちょっとわかりにくいですが、簡単に言うと経営側に立つ人のことを使用者といいます。
企業や法人であればその企業・法人そのものが使用者ですし、その企業等の経営側に立つ代表取締役や個人事業主も使用者になります。

また、部長や課長などの中間管理職だったとしても、「会社から一定の権限を与えられている」のであれば「会社のために」行為をする中間管理職の人が使用者に該当するというケースもあります。

残業代を請求するには労働基準監督署の介入が必要?

是正勧告が行われる理由として「就業規則を作成していない」「法定労働時間に違反している」「有給休暇を与えない」などが挙げられます。
そのうち「法定労働時間違反」の中に含まれるのが「残業代の未払い」です。

使用者が、従業員に対し残業代を支払うようにとの是正命令に従わなかった場合、残業代はどうなるのでしょうか。

まず、労働基準法は、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えた労働に対し、時間外手当(残業代)を支払わなければならないと規程しています(労働基準法第37条)。
これは原則として当事者間の契約で排除することができない「使用者に課せられた義務」です(適法なみなし残業制度が導入されている場合等、一部例外はあります)。
この残業代の支払義務は、労働基準監督署の検査や是正勧告等の有無にかかわらず法律上当然に発生します。

つまり、労働基準法に定められた残業代支払いの対象となる労働を行った従業員は、労働基準監督署の介入がなくても使用者に対して直接残業代の支払いを請求することができます。なお、賃金支払請求権は2年(2020年4月以降に発生したものについては3年)で時効となってしまいますので、それより以前の残業代の請求はできなくなる点には注意が必要です。

余談ですが、経営者等の反対があったことから「当面は3年間」とされていますが、本来は民法に合わせて5年とすべきとの議論がなされていました。
そのため、今後は5年になる可能性もありますが、いずれにしても早いうちに残業代を請求しておかないと時効を迎えてしまう可能性があるということになります。

具体的な残業代の請求方法

個別に残業代を請求するための手段としては
・当事者間で交渉する
・労働審判または民事訴訟を提起する
という手段が考えられます。

仮に民事訴訟を提起することを選択すれば、使用者に対して請求した残業代の全額(遅延損害金等も含む)についての支払いを命ずる判決が得られる可能性もあります。
ただし、判決まで至るには一定のコスト(時間、手間、弁護士費用等)がかかります。
そのため、より早期に・より少ない費用での解決を図るために交渉や労働審判など裁判外で和解する、提訴後でも判決に至る前に和解する、といったケースが多くあります。

和解の場合、双方の譲歩が求められるため一定程度減額せざるをえないケースが多くなる傾向にありますが、
・和解時点で相手と改めて合意するので任意の履行が期待できる
・判決をもらうための証拠提出の手間や弁護士費用等が削減される
といったメリットがあります。

不当に低い解決金での和解に注意

このようにメリットの多い和解ですが、特に弁護士が入らずにご本人だけで交渉する場合、使用者が不当に低い解決金額を提示し、それ以上の請求を放棄するよう求めてくる場合がありますのでご注意ください。
もっとも、低額の解決金での和解に応じ、それ以外の請求を放棄したような場合でも、労働基準法が定める賃金全額払いの原則に違反するものとして、賃金債権の放棄が無効とされる可能性があります。

賃金全額払の原則とは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止することにより、従業員に賃金の全額を確実に受領させ、従業員の経済生活の保護を図ることを目的とする原則です。

この原則の趣旨を全うするため、判例では「従業員による賃金債権の放棄が有効となるためには、放棄する旨の意思表示があり、それが自由な意思に基づくものであることが明確であることを必要とする」としています。

そのため、放棄の意思表示がされていない、または放棄の意思表示が自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在しているとはいえないような場合であれば、賃金債権の放棄が無効とされ得るのです(シンガー・ソーイング・メシーン・カムパニー事件-最二小判昭48年1月19日、テックジャパン事件-最一小判平24年3月8日)。
賃金債権の放棄が無効となれば、放棄の対象とされていた残余の賃金債権についても、改めて支払いを求めることができます。

とはいえ、和解や債権放棄の無効を主張して争うには相応の労力がかかり、認められない場合もありますので、不安な点やよくわからない点のある和解案や合意書等には署名せず、事前に専門家の意見を確認しておくことが重要です。

是正勧告を残業代請求に活用する方法

ここまで見て、「是正勧告ってなにか意味があるの?」「是正勧告をしてもブラック企業は無視をするという報道も見るし、そんなに効果が無いのでは?」と思われた方もいらっしゃるでしょう。
そこで、労働基準監督署ができることと是正勧告が持つ効力について確認しておきましょう。

逮捕権限を持っている

まず、労働基準監督官は司法警察員(刑事事件の捜査に関して警察官のような職務を行う行政庁の職員)としての職務権限を有しています。
この権限によって、労働基準法に違反し刑事罰を負う可能性がある使用者を逮捕することができます。
そのため、是正勧告を無視し続けている使用者は逮捕される可能性があるということになります。

残業代未払いは労働基準法違反

労働基準法第119条によって、第37条に違反した者は「六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する」とされています。
よって、残業代未払いは逮捕される可能性があるということです。
違法していることが認められれば、司法警察権限によって捜査後に送検され、上記の罰則を受ける可能性もあります。企業としてはもちろん、使用者として取締役や役職を持っている者が罰則を受けることは避けたい内容となるでしょう。

このように、是正勧告には一定の意味があることがわかります。
残業代を請求したい、というよりも長時間労働を改善したいとのご意向の方については、労働基準監督署に申告するのも一つの選択肢といえます。

まとめ

労働基準監督署の是正勧告は、法的拘束力があるものではなく、使用者がこれに従うとは限りません。
また、残業代の規定は複雑で、判決になった場合にいくら支払われるのか、請求のための費用はどのぐらいかかるのか、和解する場合にはどの程度の金額が相当なのかといったことは専門家でなければ判断が難しいところです。

残業代請求は労働基準監督署の介入の有無にかかわらず使用者に対して直接行うことができますので、「残業代いくらをどのように請求していいのかわからない」、「会社側から残業代についての和解案を出されたが合意していいのかわからない」等といった場合には、まず一度、労働問題を専門とする弁護士に相談されることをおすすめします。